「近江地域学会」メールマガジン

メールマガジンに寄稿いただいたコラムのバックナンバーを掲載しています。

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 40(2017年9月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 39(2017年8月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 38(2017年7月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 37(2017年6月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 36(2017年5月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 35(2017年4月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 34(2017年3月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 33(2017年2月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 32(2017年1月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 31(2016年12月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 30(2016年11月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 29(2016年10月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 28(2016年9月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 27(2016年8月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 26(2016年7月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 25(2016年6月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 24(2016年5月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 23(2016年4月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 22(2016年3月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 21(2016年2月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 20(2016年1月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 19(2015年12月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 18(2015年11月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 17(2015年10月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 16(2015年9月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 15(2015年8月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 14(2015年7月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 13(2015年6月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 12(2015年5月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 11(2015年4月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 10(2015年3月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 9(2015年2月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 8(2015年1月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 7(2014年12月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 6(2014年11月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 5(2014年10月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 4(2014年9月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 3(2014年8月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 2(2014年7月号)
「近江地域学会」メールマガジン Vol. 1(2014年6月号)


↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 40(2017年9月号)

 琵琶湖水系は日本一の陸水生物の多様性を誇り、言わずと知れた固有種の宝庫です。多くの方がその価値を認めることと思いますが、「多様性」そのものに価値があるという考えは誰もが無条件に納得できるものではないと思います。多様な物の中には無駄なもの、効率の悪いもの、美しくないものも必ず含まれているからです。大部分の人にとってそのような「好ましくない多様性」である寄生生物の研究をして20年近く、相変わらずその多様な形態と生活史に魅了され続けています。

 あまり知られていませんが、琵琶湖水系は淡水寄生虫の研究においても長い歴史と多くのデータの蓄積があり、ここでとれた標本が、その種の基準となる標本(模式標本)である場合も少なくありません。多分にそのせいで、私は時々海外の研究者から「○○の遺伝子塩基配列を知りたいのだが、新しい標本を入手できませんか?」のような問い合わせを受けます。先人たちのたゆまぬ努力のおかげで、琵琶湖は多くの寄生虫種の「オリジナル」の地となりましたが、その恩恵で、滋賀県で研究する私は多くの海外の研究者と研究上の協力ができるようになりました。ほとんどの人には存在すら知られていないか、せいぜい「気持ち悪い」と思われるだけの寄生虫ですが、「オリジナル」には何物にも代えられない価値が存在するという点では文化財などと一緒ではないでしょうか。こんなことを思いながら、琵琶湖にまた砂粒ほどの新しい「オリジナル」を積み重ねるべく、寄生虫を探し続けています。

滋賀県立大学 環境科学部 環境生態学科 教授
浦部 美佐子

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 39(2017年8月号)

 先日、高校時代の友人からメールが来ました。「地域おこしのために国産米でライスペーパーを作りたいっちゃけど、なんとかならん?」(北九州弁)

 私は約3年前に新潟の長岡市にある大学から滋賀県立大学に赴任してきました。工学部の材料科学科に所属し、高分子材料(ゴムやプラスチック等)に関する研究を行っています。したがって、料理はもちろん専門外ですし米の研究をしているわけでもありません。そんな私に友人がメールを出したのは完全なる「当てずっぽう」なのですが、実は新潟の大学にいる時にも某企業から米に関する相談を少し受けたことがありました。こちらは科学的な背景に基づいた相談です。

 新潟で受けた相談というのは、餅に関するものでした。ゴムやプラスチックとは全く関係なさそうにも思えますが、実は大いに関係します。米のデンプンは水を加えて熱すると柔らかくなります(糊化)が、室温で長く置いておくとだんだんと固くなっていきます(老化)。これらの過程は、我々高分子材料屋が普段取りあつかっている高分子の融解や結晶化という現象とそっくりなのです。デンプンも高分子の一つですから、そっくりというより同じと言うべきなのかもしれません。友人が私に送ってきた「当てずっぽう」メールは当たりだったのです。

 他に、私の知り合い(他大学)が関わった例に「チョコレートを美味しくする方法」があります。いったん融かしたチョコレートを固める際はかき混ぜながら行う必要があります。経験的に行われて来たこの「テンパリング」という操作は、実はココアバターの結晶形制御のためであることを明らかにしたものです。結晶形の制御が「口どけ(融点)」を大きく左右するというわけです。

 もちろん、デンプンやチョコレートを専門的に研究されている方は数多くおられるとは思いますが、一見全く違う分野からの視点を入れると新たな発見や進歩が生まれる可能性があるという事例かもしれません。

 地域との共生・連携を考える時、工学系の研究にとっての地域性とは何だろう?と身構えてしまうことも多いのですが、我々材料屋が貢献可能な地域性のある材料はたくさんあるのかもしれません。私にメールを送ってきた友人のように、時には「当てずっぽう」でとにかく交流してみるという姿勢も大事なのかなと最近思っているところです。

滋賀県立大学 工学部 材料科学科 准教授
(平成29年度地域共生論運営委員)
竹下 宏樹

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 38(2017年7月号)

学校と地域との連携のあり方について思うこと

 私が現在関心を持って取り組んでいることの1つに、充実した「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development:以下、ESD)」を進めるための方途を探るというものがあります。ESDとは、「持続可能な社会」づくりに参画することのできる力量を持った人間の育成をめざした教育活動です。このESDに関して、主として、カリキュラム開発や授業づくり、教育評価などに焦点をあてて研究を行っています。

 ところで、ESDでめざされる「持続可能な社会」とはどのような社会でしょうか?そしてそれは、どのようにすれば実現可能でしょうか?おそらく様々な答えやアイディアが出てくると思いますが、少なくとも現在のところ、それらは唯一絶対の「正解」と言えるものではないと思われます。また、その実現のためには、答えやアイディアを出すだけではなく、他者と協力して行動を起こすことも必要です。したがって、より多くの人々が知恵を持ち寄り、協力して、実現に向けた取り組みを進めていくことが求められると言えます。

 以上をふまえて学校(大学も含む)と地域との連携のあり方について考えてみると、学校での教育活動を充実させるために地域の特色を活用したり地域に住む人々の力をお借りしたりするというかたちでの連携に加えて、関係する人々(大人も子どもも含めて)がともに地域を見つめ直し、力を合わせてその新たな未来を創造するための拠点の1つとして学校を位置づけ、地域との関係をつくっていくというかたちでの連携の可能性も見えてくるように思います。そしてまた、情報化やグローバル化が進む今日、学校や家庭、地域での生活や出来事がより広い世界(他国も含む)の人々の生活や出来事と様々なかたちでつながっていることを念頭に置けば、そこでの取り組みには、世界とつながり、世界を変えていくことに展開していく可能性があると考えています。

 今後も、様々な方々と連携しながら、自分にできる取り組みを進めていきたいと考えています。

滋賀県立大学 人間文化学部 人間関係学科 准教授
(平成29年度地域共生論運営委員)
木村 裕

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 37(2017年6月号)

川チャリのススメ

 今年3月末までの18年間、僕は、土木技術職員として滋賀県庁に勤務してきました。主に「治水」をずっと考えてきました。地域に根差した課題は、県庁でデータと睨めっこをしていても、よいアイデアはなかなか思い浮びません。

この目で確かめよう

 同僚たちと、休みを使ってとにかく県内の川を自転車で見て回ろうということになりました。自転車で堤防を走ると実にさまざまなことが分かります。気になることがあれば、すぐに止まってじっくり見聞きすることもできます。
 上流から下流に向けて川は姿を変えます。流れの強さ・深さ、砂礫の大きさ、瀬淵のパターン、草木や魚の分布。川の線形と堤防の高低、河畔林の配置、まちの配置、田畑の配置。何度も走るうちに不思議とそれらの関係が繋がって見えようになってきます。地域の物語が見えてくるのです。とにかく面白い。今から60年以上前、昭和35 年5月31日の朝日新聞(滋賀版)の記事をご紹介します。

「巧みな人工のカーブ
川ぞいを歩いてみるとよくわかるが、とにかく、よく曲がりくねった川だ。これが自然のものでなく、人工的になされているから驚く。手をつけたのは幕末の彦根藩主井伊直弼といわれる。屈曲点は「霞堤」という工法で補強がほどこしてある。カーブの外側、河岸から少し離れた場所に堤が作ってある。これ以外は低い土場。洪水になると低い堤の方へ水を流して人家や堤防決壊を防ぐねらい。(中略)両岸をコンクリートブロックで固め、川底をうんと広げて万全を期すと、県長浜土木事務所はいうが「霞堤」はそのまま残すのだそうだ。」

 武田信玄、直江兼続、加藤清正、成富茂安などの戦国武将は、名治水家としても知られています。それぞれの地域で、水と大地の気持ちを懸命にくみ取りながら、民の安寧と石高の最大化を図ろうとした素晴らしい工夫がなされています。決して画一的ではありません。中国の春秋戦国時代、斉国の宰相管中は「善く国を治める者は、必ずまず水を治める」と言ったとされています。

 川のかたち、田畑、まちの配置そのものが地域を守っていました。自転車で堤防を走ると川づくりとまちづくりが一体だったことを実感できます。この風景はいかに合理的で美しいことか。そんな滋賀県の風土を守りたい、残したい。この気持ちがこれまでの僕の仕事を支えてくれました。もちろん、これからも川チャリを続けます。一緒に行きませんか?マニアの解説付きでお供します。

滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 准教授
(平成29年度地域共生論運営委員)
瀧 健太郎

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 36(2017年5月号)

狩猟と私

 赴任して以来、地域と密接に関わる機会が少ない日々が続いていたが、最近では狩猟を通して地域と接する機会が増加している。もっぱら猟銃を使ってシカやイノシシなどを撃ついわゆる大物猟を行っているが、県の猟友会はもちろんだが、特に地域支部会とは密接に関わりを持つようになった。昨今の獣害問題に絡んでノシシやシカなどの個体数調整において、狩猟はとても重要な役割を担っていると考えている。

 その一方、狩猟で得たシカやイノシシなど捕獲個体の有効利用も同時に考えていかなければならない課題であると考えており、地域の猟友会でそんな話題について話す機会も増えてきている。毛皮や革としての利用もあり、食肉としての利用もある。角は工芸品などとして現在でも重宝されているように感じる。私は地域と共に狩猟を通して、獲物を獲ることから個体から毛皮の調整、革調整、食肉の調整など全てを通して経験することで、課題の抽出ができると考え実践しているところである。

 昨今の獣害問題を含めた野生動物の管理と関連して「狩猟」に関する講義を行う大学もある。また、地域でも狩猟体験などを行う自治体も多く、野生動物との共存について市民レベル考える機会が増えているように感じる。本学でも平成28年度に狩猟部が発足しており、今後は野生動物の管理において狩猟の重要性についても講義し、狩猟を通して地域の抱える問題についてより深く議論できる講義を展開していければ幸いである。

滋賀県立大学 環境科学部 生物資源管理学科 准教授
(平成29年度地域共生論運営委員)
平山 琢二

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 35(2017年4月号)

 滋賀県立大学理事長・学長に就任しました廣川 能嗣(ヒロカワ ヨシツグ)です。
 
 京都市に生まれ、大学卒業までその地で育ちました。近くには応仁の乱勃発の地である上御霊神社、相国寺、御所や茶道の表千家、裏千家、冷泉家、また、同志社大学などがあります。大学を卒業すると同時に、企業に就職し関東での生活を経て、縁あって平成20年10月に滋賀県立大学工学部に着任し、それから8年以上が経ちました。この間、近江の地域の奥深い魅力に引き付けられています。

 子供の頃には、父親に連れられて琵琶湖へ魚釣りや湖水浴に、また、学生時代には比良山に登り、近江の地は、自然豊かな地域であると肌で感じて育ってきました。最近では、近江八幡の水郷めぐりが気に入って、季節を変えて何度も訪れ、同じ地域でも季節により風景が全く異なることを実感しました。地域を理解するには、何度もその地を訪れることが、最初の一歩だと思います。

 現在、大河ドラマで「おんな城主 直虎」が放送されています。また、彦根では、国宝・彦根城築城410年祭が催されています。近江は、古くから歴史に登場する地域です。工学部長時代に、工学部支援会の会員企業を増やそうと、ある方のご案内で県内の多くの企業を訪問したことがあります。その訪問の合間に、近くの歴史遺産などをご紹介頂き、認識を新たにした次第です。

 滋賀県立大学では、「近江楽士(地域学)」や「近江環人地域再生学座」の副専攻を設け、また、学生の自主活動である「近江楽座」を応援して、地域の再生・活性化に取り組んでいます。さらに、現在、「地(知)の拠点整備事業」(文部科学省事業)を推進し、多くの地域課題解決にも取り組んでいます。今後は、地域の企業などとも連携して、名実ともに「地域に根ざし、地域に学び、地域に貢献する」大学として、全方位的な地域貢献を目指せないものかと考えています。

滋賀県立大学 理事長・学長
近江地域学会学会長
廣川 能嗣

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 34(2017年3月号)
私の授業

 環境科学部環境建築デザイン学科の専門科目として、1年生後期配当の「地域環境計画」と、3年生前期配当の「都市・地域計画」という講義を担当している。
 「地域環境計画」では、都市計画・地域計画の分野における、都市・集落の生活空間・地域環境の構造と、その調査論・計画論・まちづくりについて論じている。都市・集落をいかに捉えるか、どうやって地域・環境にアプローチするか。都市計画・建築設計・環境デザイン・まちづくり・都市政策では、地域の社会的・空間的特質の把握と、地域像のパースペクティブが不可欠である。本講では、研究技法の系統的理解にとどまらず、地域にかかる基本的な概念体系をふまえ、地域そのものの構造的理解をめざしている。都市システム、地域環境、景観、地域空間、居住、コミュニティ、生活空間等の観点から、実践的な調査の視点や具体的な現場の視点をまじえ論考している。

 「都市・地域計画」では、都市・農山漁村における地域空間の実態と成り立ち、地域課題の解決と持続・再生に向けた計画について、空間論的視座と計画論的視座を中心に論考している。都市・地域はいかに成り立ち、どのような問題を抱え、いかなる実状にあり、どのような方向にむかっているか。空間論的視座では、生活・生業の器としての空間の構造、生活者・コミュニティからみた居住環境・生活空間について論じている。計画論的視座からは、それら空間をつくりだすための計画制度・事業展開・まちづくり等について論じている。地区レベルでは、中心市街地・郊外住宅地・農山漁村等を事例として、居住、コミュニティ、少子高齢化、定住環境、生活空間、景観等の観点から、実践的な調査・計画の視点をまじえ論考している。

 先日、今年度の環境建築デザイン学科の卒業研究・卒業制作発表会が行なわれた。また、3年生も卒業研究・卒業制作に向かってスタートを切った。「地域環境計画」と「都市・地域計画」で学んだことは、対象の構造的把握や計画論的研究の方法論において有用であり、卒業研究・卒業制作を取り組むにあたっても活かされることを期待している。

滋賀県立大学 環境科学部 環境建築デザイン学科 准教授
(平成28年度地域共生論運営委員)
轟 慎一

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 33(2017年2月号)
COC+事業の重要性

 平成28年8月から「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+事業)」のエリア・コーディネーターを担当させていただくことになりました安居幸一郎と申します。よろしくお願い申し上げます。
 私は36年間、地元の地銀に勤務し、その後、生・損保の保険代理店業を営む銀行の関連会社に7年間勤務し、定年を迎え、ご縁があり近くの滋賀県立大学にお世話になることになりました。
 43年間の金融機関系の勤務にて培った経験を活かし、少しでもエリア・コーディネーターの仕事に貢献できればと日々考えております。
 勤務した業務は各支店勤務が13ヵ店(県内7ヵ店・県外6ヵ店)・30年、本部勤務が13年となり、特に支店勤務の営業経験が長く、多くの取引先の社長・経理部長様と出会う機会も多く有り、立場が変わっても経済界の方々とお出会い出来る機会が有り懐かしく、大変うれしく感じております。
 担当しているCOC+事業は地方創生事業の一環で、支店勤務時代より既に県内各企業の経営者の方々からの強いニーズがあった事項でした。地元志向の教育プログラム改革を進め、地元就職率向上と雇用創出による滋賀の創生・経済発展へのスキームを大学・行政・経済界と協調し創っていく事は大変重要なことであると認識いたしております。

 話題が変わりますが、勤務していた地銀の行是(社是)は「自分にきびしく、人には親切、社会に尽くす」でありました。これは、皆さんご存知のように、近江商人の商人道徳の教えが、「三方よし」「陰徳善事」「利真於勤」など多く有るなかで、特に「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という今日のCSR(企業の社会的責任)の原点として、著名になった平易にして含蓄のある言葉を受け継ぎ、1966年に行是にしたものです。

 昨今、米国や日本でも超大手著名企業が粉飾決算などの不祥事や大幅な赤字で、経営を大きく揺るがす事象が顕著に見られます。その多くはCSR経営が徹底出来ておらず、経営責任が大きく問われています。就活において、大手企業が必ずしも若者が生涯を捧げる企業として適切とは限りません。
 一般的に学生や両親は、都会に有る大手企業への就職希望が多くあり、安定志向でありますが、前述通り、決していいところばかりではなく、大手企業の歯車の中で働くのとは違う魅力が、地元の中小企業には多くあり、即戦力として社長よりの期待値も高く、自分の考えたことがいち早く、経営に反映されるなど日々充実した働き甲斐があります。最近では若者の生き方も多様化してきており、就職への価値観も変化してきている中、改めてCOC+事業の重要性を感じています。

 私を育ててくれた地域の皆様に少しでも恩返しをしたいと考え、微力ながら出来る限り精一杯、取組んで行きたいと考えておりますので皆様方のご指導・ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

滋賀県立大学 地域共生センターCOC+推進室 エリア・コーディネーター
安居 幸一郎

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 32(2017年1月号)
ソフトとハード、そして地域と大学の関係

 それまでの設計実務の世界から滋賀県立大学に来て10年が経ちます。私は主に商業建築の世界にいましたが、それまでは設計者が事前に良いハコをつくり、そのハコをどう売るか(賃貸として事業として)といった方法から、魅力的なハコをさまざまな人が関係しながら、つくりあげていく事にシフトしていった時期で、それは非常に貴重な体験でした。まさにソフトからハードにつながる関係をつくりだしはじめた時期ともいえます。

 丁度ここに来た時、ある商店街の拠点施設をリニューアルすることがありましたが、結局は誰かが魅力的にそれを運営しないといけない、そういった当たり前の課題にぶつかりました。これは昔リゾート法の現場でも指摘された内容のようです。そういった経験からソフトとハードの関係をつくりだすという一見当たり前のことが、その後の活動のベースになっています。それを踏まえ研究室が行ったデザインのひとつに、食堂のテラスがありました。最初は中庭にベンチをデザインしてほしいという依頼からスタートしましたが、さまざまな調査をすすめた結果、動線を整理拡張しつつ、さまざまな学生の場として使えるデザインを行っています。また地域で学生と進めた大津石山商店街や米原伊吹地域に対しての活動がありましたが、ここでは建物以外で解決できるデザインがあるなら、それを積極的に活用するという考えでの活動を行いました。そういった活動によって、改めてハードとはどうあるべきかという思考に至っていくのではないかと考えています。

 現在さまざまな関係の方と協力しながら大学近くに保育園を設計しています。予算や工期といった厳しい条件もありますが、やはり大事なのは、そこにさまざまな人が関わる余地を残すことではないかと考えています。開園後は興味を持つ方々と関わっていく場になっていけばと思っています。大学を取り巻く昨今の動向では相反する部分もあるかと思いますが、あらためて地域というものを考えさせられるこの環境は、今まで活動されていた方々がいたからこそ、現在最先端の場にいると感じています。

滋賀県立大学 人間文化学部 生活デザイン学科 講師
(平成28年度地域共生論運営委員)
佐々木 一泰

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 31(2016年12月号)
情報通信技術の地域問題解決への適用について

 我が国全体の人口が減少傾向にあることは周知の通りであり、その影響が地方には人口減少と高齢化という現象で現れ始めています。これまで人口増加が続いていた滋賀県も、人口減少フェーズに入ったと言われており、その対策は待った無しと言えます。

 そのような意味でも、また下記に述べるような別の意味でも、情報通信技術(ICT)を地域問題解決に適用するのが有効ではないかと考え、現在工学部では「地域ひと・モノ・未来情報研究センター(仮)」を平成29年4月に設置するための準備を進めております。ここでは、スマート農業・スマート看護・スマート観光という、地方振興に必須の3本柱を据え、工学部の持つハードウェア・ソフトウェア(“モノ”)の知見を地域の“ひと”を主人公にするために使いたいと思います。また、この3本柱は、工学部以外の学部(各々、環境科学部、人間看護学部、人間文化学部)に専門教員が多数いらっしゃること、また滋賀県の重点施策(環境、健康福祉、観光、等)にも一致することで、全学的な取り組みとして本センターをご利用いただきたいと思っております。

 ICT手法により、今まで明確ではなかった現象や問題に対して、見える化する・効率化する・自動化する、といったことが進んでいます。しかし、ICT手法は決して大量生産等の経済性一辺倒のやり方の実現に使えるだけではなく、少ないユーザのきめ細かなニーズへの適用、といった多様性の具現に対しても大変有効です。この観点で、地域問題に対してICT手法を適用することは、大学における新規の研究対象であるのと同時に、社会実装現場においては進歩性を持って地域問題解決に対して貢献できると考えております。本学ですでに地域問題への取り組みで先行しておられる地域共生センターにご指導をいただきながら、滋賀県の“未来”に対して少しでも貢献していけるよう、努めてまいります。

滋賀県立大学 工学部 電子システム工学科 教授
(平成28年度地域共生論運営委員)
酒井 道

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 30(2016年11月号)
大学教員という仕事

 最近,高校生の男女の体が入れ替わる邦画が流行しています.もし,今の自分が大学受験前の高校生と入れ替わるとしたら?(43歳を超えた私と入れ替わられた高校生には気の毒な話ですが)私は医師を目指したいと思います.その理由は,幸福の根幹に関わる「健康」に,直接的に貢献することのできる職業と考えるからです.しかし,いくら待っても朝目覚めたら高校生になっているということはないでしょうから,大学教員という今の仕事での社会貢献について考えてみました.

 大学教員の仕事の中で最も重要な社会貢献は,やはり専門教育を通した人材育成であると,私は考えます.工学部に所属する私の場合は,学生諸君に産業界で生きていく・活躍するために必要な,そしてもちろん,お支払い頂く学費に見合うだけの,知識と経験を提供していくことが求められていると思います.またそうすることで,税金を原資とする運営交付金という形で本学を支援して頂いている社会に対しても,優良な「種」をまくという貢献につながるでしょう.

 教育と並んで研究も,大学教員の重要な仕事であることは言うまでもありません.最近は,民間企業からの受託・共同研究も多いですが,企業から研究費を納めて頂いたテーマを,学費を納めて頂いた学生の協力を得て進めていくということころに,やや難しさを感じています.教員は学生諸君の使用者ではなく,むしろサービスを提供する側の立場に有るわけですが,彼らの協力なしに研究成果を上げることはできません.教員が彼らにテーマの意義とおもしろさを伝えてやる気にさせ,指導・サポートすることで成果につなげる.そうすることで,企業,学生,そして教員にとって「三方よし」となるよう貢献していきたいと思います.

 あらためてコラムにするような内容ではなかったかもしれませんが,お金をキーワードに,思うところを整理してみました.最後までお読み頂き,ありがとうございました.

滋賀県立大学 工学部 機械システム工学科 准教授
(平成28年度地域共生論運営委員)
河﨑 澄

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 29(2016年10月号)

害獣駆除問題から考える自然との付き合い方

 先日,2016年7月31日の京都新聞の「有害鳥獣の焼却急増、3カ月で千頭超 京都・福知山市の施設」という記事が目に留まった。狩猟者が害獣処分専用の焼却処場に持ち込んだ場合,狩猟者に支払う補助金額を1頭当たり1,000円高く設定したところ,処分場の処理能力では追いつかないほどになったという内容である。これは補助金額を上げればそれに補助金支出対象の経済活動が反応するという経済原理にかなってはいるが,非常に大きな違和感を覚えた。害獣駆除活動の価格弾力性(補助金額に対する反応度合い)が大きいのもよいのか悪いのか考えなければならない問題である。

 経済学では人工資本と並んで自然を「自然資本」(ストック)としてとらえ,自然資本のストックが生み出す「生態系サービス」(フロー)が私たちの豊かさに対して,人工資本と同様に寄与していると考える。しかし,自然資本が生み出すサービスの経済的便益の大きさの評価は,私たちの自然との付き合い方によって大きく変わる。

 かつては食料資源であったシカやイノシシなどは,現在では「害獣」扱いである。限定的に一部がジビエとして供給されているが,大半が先述の新聞記事のように処分されているのが実情だ。シカやイノシシの個体数が増大し,害獣扱いされるようになったのは,それらの捕食者であるニホンオオカミを人間が絶滅させたことが最大の原因であるが,狩猟者数が増えないことと,シカやイノシシを食料資源にできていないことも大きい。

 昨年の秋,長浜市にあるイタリアンレストランで鹿肉のたたきを食する機会があった。鹿肉は数回食べた経験があったがいずれも獣臭くて再び好んで食べたいと思うものではなかったのだが,こちらのレストランで頂いたものは絶品であった。レアな状態であったので少々怖かったのだが,一度口に入れるとその旨味と甘さは筆舌に尽くせない美味であった。よくよくシェフのお話を伺うと,自身も狩猟免許を保有しているとのことで,食用にできる獣について大変詳しかった。奥山で木の実や木の葉などの植物性の餌をたくさん食べて里に下りて来た個体でないと食用にできないそうだ。既に里に下りてきて動物性の餌を主食にしている個体は,内臓や腹膜に寄生虫やウィルスがたくさんおり,食すると危険であるということであった。加えて,植物性の餌を主食にしていた個体でも,熟練者がウィルスが回らないうちに短時間にきれいに解体したものでないと危険であるそうだ。ところが,湖北地域にはそのような熟練した解体技術を持つ狩猟者は1人しかいないらしい。筆者は食肉用の解体は比較的容易なロー・テクだろうと思っていたが,吊るすためのチェーンをかける部位や解体の順序なども食肉利用できるかどうかに大きく関わる非常に高度な技術を要するのだそうだ。シカやイノシシを駆除の対象としてしか見なければ,そうした貴重な伝統技術は継承されないで近い将来に途絶えてしまうことになり,それによって失われる損失の大きさは計り知れない。

 話は変わるが,2014年2月にドキュメンタリー映画「よみがえりのレシピ」を見る機会を得た。山形県鶴岡市のイタリアンレストランのシェフが,需要がなくなり絶滅しそうであった地域の伝統野菜を新たなイタリアンレストランとして提供し,よみがえらせたという話である。(現在,そのシェフはローマ法王やダライ・ラマ14世にも高い評価を受け,世界的に有名なシェフとなっているので,ご存知の方も多いかもしれない。)近代的な生産方法で生産されたその他の食材が安く大量に出回り,食文化も変わった現在の世の中では,そうした伝統的な食材が再評価されるためには,映画「よみがえりのレシピ」に見るような新たな利用形態が必要であろう。それは害獣扱いを受けているシカやイノシシについても同様であるが,どの程度の経済的価値の大きさに評価するかはわれわれ次第である。先の害獣駆除活動の価格弾力性が高いということは,「害獣駆除」という用途と代替する食料や皮革としてなどその他の利用形態の経済的価値が低いことを意味する。

 再び話が変わって恐縮であるが,長野県の諏訪大社に行くと「鹿食免(かじきめん)」という免罪符と共に「鹿食箸(かじきばし)」を頂くことができる。殺生が忌み嫌われた時代にも,この鹿食免を授かった者は,自然からの恵みを授かり,鹿肉を食べることが許されたということだ。そこから見て取れることは自然に畏敬の念を抱きつつ,自然とうまく付き合いながら生きて来た人間の姿である。

 さて,現代の私たちの自然との付き合い方はどうであろうか。仏教の観点から見ると,食肉の利用のためには家畜を殺し,害獣は無駄に殺して殺生を犯していることになる。シカやイノシシを駆除する対象としてのみとらえるならば,自然は害悪をもたらす厄介なもの,経済学的に言うとコストを伴うものでしかない。シカやイノシシは害獣として駆除される一方で,少量ではあるが高価なジビエ料理としても提供されている。もちろん害獣被害に悩む自治体の多くでジビエとしての活用は検討されてはいるが,果たして私たちは,害獣処分専用の処理場や駆除に対する補助金に拠出される費用と,食用に適した狩猟や解体技術が失われる損失とではどちらが大きいと評価するのだろうか。

滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 准教授
(平成28年度地域共生論運営委員)
林 宰司

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 28(2016年9月号)

琵琶湖があることの隠れた意義を活かす研究

 私は、生態学とくに稀少な種の保全や害虫・雑草といった人間に害を与える生物の制御に関わる研究をしている。生態学は比較的新しい学問だが、それでも20世紀初頭に始まりもう100年以上の歴史がある。その間に、各生物種の分布、生態、生活史、進化や系統関係など膨大な知見と、実証・理論研究の成果が蓄積してきた。ところが、「なぜある種は稀少種なのに、それと近縁のある種は普通種なのか?」といった子供でも思いつくような疑問はあいかわらず謎のまま残されている。そもそも近縁種ならば大部分の遺伝子は共有しているので、大部分の性質もよく似ているはずだ。実際に、比べてみてもそっくりで分類学者でなければ識別できないほど似ているものも多い。そういうわけで1970年代半ばまでは意気盛んだった普遍的説明への情熱は、21世紀に入るころにはすっかり冷めてしまった。

 そういう状況の中で、私は普遍的説明こそが個別の系の説明にも役立つという考えで研究を進めてきた。10年ほど前からは、近縁種間の性的ハラスメントこそが普遍的説明の鍵となるという繁殖干渉説を提唱し、その検証を共同研究者とともに行い、その多くで検証に成功している。ここでは、琵琶湖が存在することが滋賀県における生物の分布に巨視的な影響を及ぼしている可能性について述べる。すなわち、普遍的な説明こそが、滋賀県の地域的問題の説明と解決にも役立つと主張したい。話が大風呂敷なので、まじめなホラだと思って読んでほしい。

 琵琶湖は巨大な湖なので、滋賀県の半分以上を占め、陸地は琵琶湖の周囲にへばりついていると思っている人もいるほどだ。さらに日本地図をよくみると、琵琶湖は若狭湾と伊勢湾を結ぶ本州で一番狭い地峡にあることが分かる。つまり琵琶湖周辺では東西を結ぶ陸地が細い紐状になっているわけだ。さて先ほどのべた繁殖干渉では、少数派の種は多数派の種に対して圧倒的に不利になることが分かっている。そのため、狭い地峡を渡るときに必然的に少数になる種は、渡った先に待ち構えている多数派の先住種に負ける可能性が高いと予測できる。実際に生物の分布を調べてみると滋賀県が本州における分布の境界になっている例は多い。しかし、これまでその理由はうまく説明できなかった。

 まだ実証例はそれほど多いわけではないが、滋賀県民が地図をみて、「琵琶湖があることで琵琶湖の周囲の陸地が狭くなり、それが生物分布の境界になること」を、なるほどと思う日が遠からず来ることを楽しみにしている。

滋賀県立大学 環境科学部 環境生態学科 教授
(平成28年度地域共生論運営委員)
西田 隆義

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 27(2016年8月号)

地域発の高レベル研究

 今年度より地域共生センターの兼務教員となりました一宮正義と申します。

 私が所属する工学部では地元企業との関わりを重要視してまいりました。
特に、教育研究環境の更なる充実を図ることを主目的として2007年度に設立された工学部支援会では、「企業研究会」、「研究交流会」、「工場見学」、「学生・OB交流会」、「インターンシップ」など学生と地元企業との活発な交流を促進する様々な行事が企画・実行されてまいりました。多くの地元企業のご支援によって活動を行ってきた工学部支援会も昨年度末をもって解散されましたが、今後は本学の「未来人財基金」を通じた活動へと発展することとなっており、「工学部研究交流会」等地元企業との連携をより一層強化する事業の企画が進められております。

 一方で、国際的に高く評価される研究成果を地域から発することも公立大学の重要な役割の一つであり、本学がより一層の発展を遂げるためには、研究活動を精力的に進めることによって多大な実績を積み重ねてこられた公立大学を参考に尽力する必要がございます。私個人としては、近隣の先駆者であり、国立大学にもひけをとらない高インパクトの研究成果を頻発しておられる大阪府立大学、大阪市立大学との交流・共同研究を通じて地域から世界へ向けて研究成果をアピールしていくためのノウハウや心構えを学ばせていただいております。この経験を生かし、水準の高い研究によって滋賀県及び本学の名を国際社会に広めるための貢献を行えるよう日夜努力している次第でございます。

滋賀県立大学 工学部 電子システム工学科 准教授
地域共生センター 兼務教員
一宮 正義

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 26(2016年7月号)

COC+の新科目がまもなくスタート

平成28年4月に地域連携推進グループ統括として滋賀県立大学にまいりました草川佳代と申します。よろしくお願いいたします。

6月1日には「多賀デザイン・カレッジ・大滝キャンパス」が設立されるという、大きな出来事がありました。これまでの取り組みが形になったということで、大変うれしく思っています。

このコラムを書いている時期、交流センターの2階で、彦根市選挙管理委員会の方が仕事をしておられます。期日前投票所が設置されているためで、大学生だけでなく、地域の方々も投票に来られています。

選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことから、高校や大学での選挙に関する授業についての報道をよく目にしますが、考えてみますと、「選挙」ということに関して、私自身は特段授業をうけた記憶がありません。大学や高校の授業も社会の要請に応じて変化していると感じます。

現在、先生方は後期授業科目の準備にとりかかっておられますが、COC+事業の一環で、新しい科目「地域社会と女性キャリア創生」なども開講される予定となっています。

自分自身の就職活動を振り返ってみると、当時の女子学生は、会社訪問の際に「総合職」か「一般職」かを必ずきかれた時代で、就職活動を通じて、自分自身はどのように生きたいのか、どのような仕事をしたいのか、どのような働き方をしたいのか、自問自答しながら過ごしました。もう少し早くから考えておけばよかったのかもしれませんが、当時の私にはそのようなきっかけがなかったのです。

「地域社会」、「働き方」や「起業」について、学生に考えてもらえる機会となる科目が開講されるということで、大学生のみなさんが授業を通じて、これからの自分の生き方を深く考えてほしいと思いますし、導き出された「答え」が実現できることを願っています。

滋賀県立大学 地域連携推進グループ統括
近江地域学会 運営委員
草川 佳代

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 25(2016年6月号)

この4月に滋賀県立大学副理事長に就任しました堺井 拡です。(姓はサカイイではなくサカイ、名前はヒロムです。念のため。)3月まで県職員として、38年間大津で勤務してきました。彦根での仕事はじめてです。

湖西線堅田駅から山科経由、琵琶湖線で通勤していますが、もともと鉄道好きなので、車窓から見える湖東平野の空の広さ、作物の生育とともに移り変わる田園風景、晴れた日には、湖西の比良山地が思いのほか近くに見えたりして、見飽きることがありません。

私が生まれた堅田は、古今和歌集にその名が詠われ、下賀茂社の御厨として、また中世の自治都市として発展し、一休宗純、蓮如、松尾芭蕉などのゆかりの地です。琵琶湖と内湖の間に住居が密集し、狭い道のいたるところに食い違いがあり、石積みの堀割りが町をめぐっていました。江戸時代の文政絵図に描かれた堅田藩陣屋近くの道路や区画は、昭和40年ころまでの堅田と驚
くほど一致しています。高度経済成長期には、堀が暗渠になったり、コンクリートで狭められたりして、昔の面影は少なくなりましたが、それでも風格のある街並みが残っています。

ところが、最近になって、町のそこかしこで、いつのまにか旧家が毀たれ、空き地や駐車場に変わっています。人口減少の影響がここでも出ているのでしょうか。

全国有数の人口増加県であった滋賀県でも、推計人口では平成26 年8 月以降、対前年同月比の減少が続いています。私は県の総合政策部で人口減少問題に関わっていましたが、毎月毎月、マイナスの統計数字が出るというのは、ショッキングなものです。

対策の重要なポイントとして、東京一極集中の是正、その表裏の関係で地域活性化があります。そのためには、知の拠点である大学が、若者の拠点という掛け替えのない特性をいかし、地域活性化の役割を今まで以上に担うことが求められていると思います。

とりわけ県立大学は、「地域に根ざし、地域に学び、地域に貢献する」をモットーに「近江楽座」など特徴ある教育研究活動に取り組み、高い評価を得ています。平成27年度からは、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+事業)」により、地元就職率向上や雇用創出の取組を進めています。

地域貢献大学として、真価が問われるときです。私も微力ながら、行政経験をいかし精一杯頑張りたいと思います。

滋賀県立大学 副理事長・近江地域学会 監事
堺井 拡

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 24(2016年5月号)

日本は、言霊の国なんですね。つまり、よい言葉を発するとよい事が起こり、不吉な言葉を発すると良からぬことが起こる…。

4月1日からCOC+の推進コーディネーター(就職担当)としてお世話になっております田端克行と申します。

私は、38年間、滋賀県庁で勤務いたしました。携わった仕事は、ざっくり言うと、経済・教育・文化などの分野における国際交流(17年)、モノづくりや観光産業を中心とした産業振興(17年)、その他(4年)となります。
事務職の職員としては、2つの分野に特化した専門職のようで、ちょっと異色な経歴かもしれません。国際の17年には、米国とドイツでの4年間の駐在期間も含まれます。ドイツでは今、ホワイトアスパラガスがおいしい!

COC+では、就職担当のコーディーネーター役を仰せつかりました。企業の皆さんとの接触の機会が多くなると考えていますが、かつて産業振興の仕事でお付き合いいただいた方々とまたご一緒できると思うと、旧交を温めるような感覚でたいへん嬉しく感じます。

さて、私のこれまでの人生で得た教訓というか実感というかよくわかりませんが、その一つが「日本は言霊の国」だということです。本来は、「言霊の幸ふ国」(ことだまのさきわうくに)=(言葉の霊力が幸福をもたらす国)というほどの意味らしいのですが、私の場合は、もっぱら良からぬ言葉が実現することのほうが多かったように思うのは気のせいでしょうか。そこで私は決めました。COC+の将来を話題にするときは、暗いことは一切口にせず、良きことばかり、念仏のように唱える。例えば、「インターンシップがビシバシ決まる」、「学生の笑顔が止まらない」、「県内企業の経営者の笑顔も止まらない」、「コーディネーターの給料が上がる?」etc.

ということで、微力ながら精一杯、ここの仲間たちと楽しく仕事に取り組んでまいりたいと考えておりますので、皆様方のご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

滋賀県立大学 地域共生センター COC+推進コーディネーター(就職担当)
田端 克行

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 23(2016年4月号)

コミュニケーション次第で「人」が変わり「組織」が変わり「人生」が変わる!

3月1日からCOC+のエリアコーディネーター(南西部エリア)を担当させていただくことになりました栗栖佳子と申します。

2009年に㈱宙を設立し、コーチングのコミュニケーションを中心にセミナーや講演を行っています。起業するまでの約20年間、人材ビジネスの㈱パソナでコンサルタント&コーディネーターとして人材育成、人と企業のマッチングの仕事をしておりました。

新卒からセカンドキャリアまで、1万人以上の採用面接に携わりましたが、人と企業を結びつける仕事の中で学んだことは「コミュニケーションスキル」の重要性です。

コミュニケーションの語源はラテン語のcommunico。英語のshare(共有)。
その意味は「情報と感情を共有すること」です。

「情報」は可視化できるので共有しやすいのですが、「感情」は見えないので憶測で判断しがちです。この憶測が思い込みや刷り込みとなり、さらに相手との関係性を複雑にしてしまいます。特に価値観が多様化し、時代の変化がスピードアップしている現代では、お互いの価値観の違い「ギャップ」を埋めるためには意図的にコミュニケーションの量を増やしていく必要があります。

ところが「コミュニケーション」について私たちはその本質を学んでいないので、自己流のコミュニケーションに頼っています。その結果、価値観が合わない人とのコミュニケーションがストレスになり「自分に自信が持てない人」や、「人からの評価が気になり、本音を言えない人」が増えているようです。

特に学生はこの傾向が顕著です。そこで彼らと関わる大人(教職員)は、学生に対して積極的にインタラクティブ(双方向)のコミュニケーションを仕掛けていく必要があります。特に「話す」ことよりも「聴く」姿勢が重要です。人は聴いてもらうことで自分の考えがまとまったり、新しいことに気づきます。自分の中にあるリソース(能力、やる気、行動力、アイディアなど)に気づくのも学生自身がアウトプットするチャンスを得たときです。また、聴く側の表情や声も重要です。安心して何でも話せる雰囲気を作ることは、自分自身の気持ちが明るく前向きになるだけではなく、それが連鎖して職場や学校、家庭が安心できる空間に変わります。安心感が信頼関係の基盤だからです。

学生のコミュニケーションスキルを高めるためにはサポートする側のコミュニケーションスキルをブラッシュアップすることが必要不可欠です。温かく居心地のよい上質なコミュニケーションで、自分だけではなく目の前の大切な人の人生をより豊かで実り多いものに変えていきましょう!

滋賀県立大学 地域共生センター COC+エリア・コーディネーター
栗栖 佳子

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 22(2016年3月号)

COC+事業の本質

COC+事業を推進するに当たって、滋賀県立大学では、県内5大学、滋賀県、県内産業界等との協働のもと、本学のCOCの取組成果を活用しつつ、地元志向の教育プログラム改革を進め、地元就職率向上と雇用創出による滋賀の創生に取り組むとしている。つまり、COC+事業は、地元大学を卒業した学生の地元企業への就職率を高めることで、地域創成することを目的としている。地元就職率+10%、あらたな雇用創出16人といった具体的な数値目標も掲げている。

しかし、本事業を学生の地元企業への単なる就職活動支援と割り切って考えてはいけない、本質はまったく異なる。

一般的に地方の大学生が卒業後に東京や大阪など、都心にある大企業に就職するケースは多く、滋賀県も埒外ではない。そのことは、学生が安定志向であり、生涯賃金や福利厚生を含めて考えてみた場合に地元中小企業とは比べようがないとの声も聞こえるが、それは正しい認識であろうか。最近の大企業の不祥事や急激な業績悪化、経営破たんのニュースは、大企業が必ずしも安定した職場ではないことを物語っている。

米国では上位ランクの大学の優秀な理工学部の学生の内70%以上は従業員数200名以下の企業に就職を希望し、日本のトップランクの大学の理工学部出身者の90%以上が大企業への就職を希望していると耳にしたことがある。これは、米国の大学生が自分の生き方を明確にし、働きたいと思う企業の選択や分析をしっかりできているからに他ならない。起業家教育の違いであろうか、興味深い話である。

最近では、日本でも若者の生き方が多様化しており、自分に興味のある仕事に就きたい、安定した職場より面白い職場で働きたい、と思う若者が増えてきた。若者の意識も少しずつ変化してきている。一方で、中小企業側には即戦力、優秀な人材が欲しいといったニーズがあるものの、情報発信が十分にできていないといった課題もある。

このことは、両者に情報の非対称性と溝が存在することを示している。したがって、COC+では、ここに焦点を当てた取組みが重要になる。

このギャップと情報の非対称性を解消し、両者のニーズを満たし、事業本来の目的を果たすためには、教育プログラムにおいて、学生が自らの力で未来を切り開く力を養うという、教育本来の目的を追求することである。新たに開設する講座では経営を理解し、企業分析(定量、定性)の習得を通じ、学生が将来の夢を託せる職場や仕事を自ら探し、評価し、意思決定できる力を養成する。
このことこそがCOC+の本質ではないかと考える。

学生が自分の人生を賭けることのできる地元企業に就職し、或いは起業し、その結果として地域経済が活性化し地方創生が実現できれば我々COC+にかかわる者としてこれほどの喜びはない。

滋賀県立大学 地域共生センター COC+推進コーディネーター(教育担当)
西岡孝幸

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 21(2016年2月号)

学生と地域と“遊んでくれる大人”の存在

今、地方創生が重要な政策課題となり、若者の地方定住、地域定着がホットな話題となっている。滋賀県立大学が立地する彦根市には、他に滋賀大学経済学部、聖泉大学があり、3大学で約6千人の学生が学んでおり、1,400人余りが毎年入学し、卒業していっている。

地域の人口減少対策や活力づくりでは、UターンやIターンを促し、外部から人材を呼び込むことに力が入れられると同時に、大学卒業生の地域での就職率を高めていくことが求められている。では、学生が地域に定着するには、何が必要なのだろうか。

考えられることはたくさんあるだろう。中でも、人生で最も多感な学生時代に、“学生生活と地域との関わりを高められること”というのが案外、大事なことかもしれない。

今年度、彦根市と3大学が共同で若者定着支援の研究を行い、卒業生へのアンケートやインタビュー調査を行っている。アンケートで、「授業やゼミ、サークル活動、アルバイト等を通じた地域や人との出会い」の有無について聞いたところ、「人生の中で大きな影響を受けた出会いがあった」と回答した人の方が「特に挙げるようなことはない」と答えた人よりも、卒業後、彦根市を訪問する頻度が高くなる傾向が見られた。この結果だけで判断するのは拙速かもしれないが、人とひとのつながりが人と地域の結びつきを強くすることは間違いないだろう。

インタビュー調査では、県外出身で現在、彦根市に定住している卒業生にも話を聞いた。その中の一人が、学生時代に最も影響を受けた人として、可愛がってもらった地域の人の名を上げ、“遊んでくれる大人”という言葉を使ったのが印象に残った。

学生ととことんつきあい、学生がやりたいことを何でもやらせてみて、一緒に楽しむことができる大人という意味であるが、学生にとってそのような大人が身近にいることは、本当に幸せなことだと思う。思い起こせば、自分自身も、ずいぶん昔の学生時代、そういう大人の影響を強く受け、成長することができたように思う。

学生と地域との関わりを高めるためには、学生と向き合う私たち大人の側の度量が試されているのではないだろうか。

滋賀県立大学 地域共生センター 専門調査研究員
近江地域学会 運営委員
秦 憲志

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 20(2016年1月号)

痴呆症から認知症への病名変更の歴史とその背景

認知症の研究は、私をはじめ多くの人が研究に取り組んでいるのが現状です。
その理由は2025年度、団塊世代が後期高齢を迎えることで、認知症患者の増加が予想されている。そこで、私の勉強不足も相まって、いつから痴呆症から認知症に病名変更になったのか疑問を抱きました。そもそも、痴呆症と認知症はおなじものです。英語の(dementia)の訳語です。なぜ、病名変更が必要だったのか経緯を整理したいと思います。

まず、痴呆症に対するこれまでの社会的背景の中で、スティグマとしての「ぼけ」は私たちの日常的用語としての「ぼけ・惚け・呆け」や痴呆は、病名というよりも、当事者の老化に伴う生理的変化が、周りの人たちによって問題化された時のスティグマのラベルとして使われることが多かった。この現状が、問題意識が広まったといえると思われる。これらをふまえて、厚生労働省・研究者の動向を簡単に述べたいと思います。

2004年3月高齢者痴呆介護研究・研修大府センター長から問題提議がなされ、6月に日本老年精神医学会の中に委員会が設置されました。その後、11月に厚生労働省検討委員会へのヒアリングを行い、政府厚生労働省内部での議論をもとに、公的な用語としては、それまでの痴呆症を認知症呼び変えることに決定し、2005年に改正された介護保険法では、その定義が行われています。ただし、その改正では、「痴呆」を「認知症」に置き換えることになった。

以上述べてきたように、病名の変更にはそれぞれ社会的背景があるように思います。
その社会的背景をもとに、今後高齢者に対して、より良い日常生活が送れるように、私たちが活動を進めていかなければならないか考えていく必要あると思います。

聖泉大学 看護学部 看護学科 准教授
近江地域学会 理事
間 文彦

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 19(2015年12月号)

地域探し

私にとって「地域」とは何か。このコラムを書くことになって改めて自問してみた。

「地域」とは、個人的なイメージでは土地を区切った範囲で、その大きさは相対的なもの。だから、いちばん小さな単位では集落ぐらいから始まって、学区、市町村、都道府県、複数都道府県である地方、国、そして最大は複数国である地帯や大陸まで非常に幅広い。

とりあえず自分の「地域」との関わり、自分がこれまで住んできたところとの関係を振り返ってみた。

品川 東京の山の手ではあるが暗渠になった川沿いの下町。東急電鉄の緑色の3両編成の電車が通る住宅地。昭和の香りと何となく切ない記憶。ただ、行政界はあるものの現実の町と町の境がなく、どこまでも住宅が続いているので地域という概念は薄い。地域活動があったのかどうか、そういうものに触れることもほとんどなかった。

石山 東京で23年暮らして、身近に緑のない都会の生活に嫌気がさし両親の出身地である滋賀で就職し、あこがれの寮生活を始めた。東京では地理的に気軽でなかった山歩きやサイクリングに便利な環境。働くようになって、他地域との比較から大津で働いている、滋賀県に住んでいるといった感覚ができた。寮と職場の往復で、生活範囲はけっこう限られていた。

大津 結婚して大津駅の裏の傾斜地にある職員住宅に居住。職場に近く仕事漬けの毎日が続くも、休日は町内会の行事等にも参加し、職場以外の人間関係もでき地域というものに触れることができた。

江戸川橋 東京事務所への派遣で、生まれたばかりの息子を含め家族3人で高速道路と神田川のそばのアパート住まい。妻と子供にとっては都会の生活を満喫でき、自分にとっても品川以外の東京の暮らしと、一度外に出てから改めての東京を体験できた。ただし、ここでは地域との人間的なつながりはほとんどなく、傍観者的な感覚。

八日市 東京から滋賀に帰って両親の出身地である八日市に。両親は東京での商売をやめて実家に帰っており、将来のことを考えてそこで同居することに。東京に住んでいたころから盆と正月には帰っていたので雰囲気は分かっていたが、これまでの住居地とは全く違って田園の中の純農村。良くも悪くもかなりの田舎暮らしである。地域活動というか因習に近いものも盛んで、否応なく参加せざるを得ないが、その分町内のつきあいも深く、地域というものが具体的に体感され分かりやすい。

住んだところを通して地域を振り返ってわかったことは、地域とは現場であり、具体的であり実生活である。理論ではなく抽象的でなく、夢の話ではない。

私は歩くのが好きだ、旅行に行って少し時間が空くと付近を歩き回る。民家、街並み、暮らし、産業、地形、植生、気候、それらの総合としての景色・風景・景観・風土がある。山の上から見るとそれらがよく見える。

山に登り、里を歩き、街を巡る。これからもいろんな所へ行き、いろんなものを見、聞き、触れ、感じたい。地域探しは果てしなく続く。

滋賀県立大学 地域連携推進グループ 統括
近江地域学会 運営委員
村井 洋一

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 18(2015年11月号)

滋賀県立大学とコミュニケーション力

滋賀県立大学が力を入れて取り組んできたCOC事業(地(知)の拠点整備事業)において、研究費の「不正」が発覚した。調査の結果、多くの学生を巻き込んで、COC以外の経費も含めて265万円にのぼる不正事案ということで、他の教員らによる「不適正」な経理処理の調査結果とともに公表した。

県立大学に多くの期待を寄せていただいている中、関係者はじめ県民の皆様に深くお詫びするとともに、信頼回復に向け、大学挙げて再発防止に取り組まなければならない。

調査の過程で色々な気付きがあったが、違和感を覚えたこともある。その一つが、協力させられた学生の多くが不正行為であるという確たる認識もなく、特に抵抗なく協力要請を受け入れてしまったことである。もちろん教員からの要請というのが一番の原因なのだが。かつて学生らが作った「選挙の投票に行こう!」と呼びかけたチラシを思い出す。最初は良い試みだと感心したのだが、会社に入ったら選択の自由がなくなるから今のうちに投票しよう、という主旨が書いてあったのである。

「便所飯」という言葉を聞かれたことがあるだろうか。文字通り、トイレの個室に閉じこもって一人で食事をすることである。数年以上前から都市部や北関東の大学で見られる現象だとのこと。その心理は、人のいるところで食事をするのが嫌なのではなく、「いつでもどこでも誰とでも連絡をとれる個人情報時代にあって、『誰とも連絡を取れず一人で食事をするしかない人間』というふうに見られることを恐れている」のだという(尾木直樹・諸星裕著『危機の大学論―日本の大学に未来はあるか?』)。

これらは一見脈絡がないように見えるが、先の学生らの態度やチラシと共通性があるのではないだろうか?

彼ら・彼女らを非難するつもりは全くない。人と結びつきたいという気持ちがあり、その方法もいくらでもあるのに孤独を感じる。何かの社会的な組織に属せば、自分を抑えてでも周りに合わせていくしかない、はじき出されることを最も恐れる(つまりそれも孤独)、といった風潮・習性なのだろうと思われる。

なれば、若い人達や学生らがもっと自分自身を解放して、もっと人とのコミュニケーション力があれば自由になれるのに、何とも惜しいことだ。

改めて振り返ると、滋賀県立大学にはコミュニケーション力を身に付ける仕掛けがいくつも用意され、そこには支えて下さる地域の人たちがたくさんいる。
そもそも少人数教育で教員らと接触する機会が多いし、フィールドワークや実験・実習科目も数多く、授業でもアクティブ・ラーニングはもちろん学科によってはディベイトまでやっている。地域教育プログラムは多彩に用意されているし、副専攻でも社会人とともに学ぶ大学院「近江環人」や学部の「近江楽士」、さらには全国的に評価の高い「近江楽座」で課外活動することもできる。正規の科目はもちろん副専攻や課外活動に至るまで、大学で普通に勉強し、さらに欲を言えば少しの勇気を出して仕掛けに飛び込みさえすれば、今若い人達に最も必要とされるコミュニケーション力は身に付くはずなのだ。

その意味では、県立大学の取り組みの方向に自信を持って良いと、私は思っている。

滋賀県立大学 副理事長
近江地域学会 監事
川口 逸司

↑TOPへ戻る


■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 17(2015年10月号)

地域の総合力が問われている

私が生まれ育った東近江市愛東地区は、圃場整備で田畑の形状は変わり、機械化で働き方は効率化されたが純農村地域に変わりはない。変わりがないことは停滞ではなく、継続するための営みと努力があってのこと。そのお陰で山麓に広がる田園風景は真の豊かさを感じさせてくれる。

しかし、今後この風景を維持するためには深刻な課題が山積している。全国各地の農村もそうであるように、この地区も少子高齢化が深刻だ。つまり後継者がいなくなっているということである。日本の総人口が減るなかで、この流れはそう簡単に変えられるものではない。今さら後悔してもジタバタしても特効薬があるわけもない。では、どうすればよいのか。

私は長年「菜の花プロジェクト」にかかわってきたが、その理念である「地域のことは地域で解決する」ための実践こそ唯一の解決の道だと思っている。
地域で知恵を絞り、汗を流し、自らの力で解決する方向性を描き、努力すること。地域の持つ様々な資源(人・自然・歴史・風土・伝統・産業等)を総動員することでしか解決できないのではないか。

地域の中でヒトがかかわり、モノが活かされ、モノが回り、カネが生まれ、回ることで地域に活力が生まれ、自信と誇りが生まれ、愛着が生まれる。
それが実感できる地域こそ、目指すべき姿ではないか。

愛東地区には道の駅マーガレットステーションがある。年間55万人が訪れ、野菜や果実等を販売する直売館は年間5億5千万円(全体では約7億円)の売り上げがあり、その多くが地元の生産者に支払われる。それは、地域の誇りであり、活力源になっている。菜の花プロジェクトを主体的に実践するNPO法人愛のまちエコ倶楽部は、農の再生、山の再生、暮らしの再生を柱に地域資源を生かした活動を続ける中で、都市住民を巻き込み愛東ファンを作り、一方で住民の意識改革を進めてきた。10年経って地域に新たな風を起こし始めている。

私が今活動している「あいとうふくしモール」もその延長上にある。ここには高齢者の暮らし支援、障がい者の就労支援、そして農家レストランの3事業所が集まり、それぞれが機能を発揮しながら、互いに連携することでより地域の安心の拠り所となることを目指している。そのため、暮らしの根幹である「食とエネルギーとケア」の充足を図りつつ、暮らしに寄り添うことから見える様々な課題に向き合うことを共通認識としている。

地域は一部の人力だけで成り立つものではない。老若男女、障害があるなしにかかわらず、地域に住むすべての人が何らかの形で参加する場があり、能力を出す場があること。その総合力こそ地域を豊かにする原動力だと思う。

まさに、地域の総合力が問われる時ではないか。

株式会社あいとうふるさと工房 代表取締役
近江地域学会 監事
野村 正次

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 16(2015年9月号)

地産地消とグリーン購入

「誰もいなくても“おてんとうさま”はいつも見てるよ」。子どもの頃、この言葉をよく聞いた。田んぼにヤゴやゲンゴロウを探しに行くことがあっても、あぜ道にポイ捨てをしたり農産物を踏み荒らしたりする子どもはいなかった。
単に言葉に脅かされていたからではなく、田畑を耕す方の姿を目にし、そこに住む生き物たちと関わりを持つ機会が多かったからなのかもしれない。自分たちの食べる物を自分たちで守る、地産地消が当たり前の時代だったから、そんな当たり前の道徳心が知らず知らずのうちに身に着く環境であったのかもしれない。

「地産地消を企業の取り組みにできないか」。滋賀グリーン購入ネットワーク(以下、滋賀GPN)で、食のグリーン購入の取り組みを呼びかけ始めたのは2003年に遡る。グリーン購入とは、環境に与える影響ができるだけ少ない製品やサービスを選択することで、市場を変え、持続可能な社会を築こうとする取り組みだ。これを組織として取り組み、さらにネットワークで広げ
大きな成果にしていく、それが470団体の企業・行政・消費者団体等が加盟する滋賀GPNの活動の核心とするところである。取り組みは紙や文具から始める団体が多いが、日々の生活で最も購入頻度が多いと言える「食」は本来的に重要な分野だ。2006年度調査で県内農産物を利用する事業所食堂は0であったが、キャンペーンを継続するうちに滋賀県産「環境こだわり米」を利用する事業所が広がった。今では食堂で社員啓発を兼ねた「地産地消フェア」を実施する事業所が20以上、「グリーン購入キャンペーン」実施事業所は100以上となった。

グリーン購入には「環境活動に熱心な事業者から購入する」という意味もある。こうした活動に熱心に取り組む企業が評価され、消費者から選ばれ、さらに環境活動を展開するという好循環が続くことが望ましい。企業側はグリーンウォッシュと呼ばれないよう、生業を通して環境負荷低減に努めていただきたい。そこには道徳心が切り離せない。田んぼでヤゴを探す子どもが減っても、見ている“おてんとうさま”は昔も今も変わらない。

一般社団法人 滋賀グリーン購入ネットワーク 事務局長
近江地域学会 理事
辻 博子

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 15(2015年8月号)

西の湖の自然の恵みを活かす研究

ここ10年は県をはじめ市町の自治体の景観計画や建築計画、まちづくりに関わることが多くなり、各委員会や審議会で活動する機会も増えた。特にこの二年は大学COC事業の一環である「公募型地域課題研究」を通じ、研究者として彦根市、多賀町、愛荘町と近江八幡市の4カ所に実践的な取り組みとして、学生らと関わってきた。愛荘町と多賀町ではその成果が、まちづくりから公共空間という形になり数年以内に完成予定であるが、彦根市は八坂空き家プロジェクトが難航している。近江八幡市ではCOC地域課題「自然の恵みを活かした生存可能なまちづくり」に取組んできた。

その自然の恵みの対象地である近江八幡市の西の湖は、八幡山と安土山の間にあり、文化、生活、生物を育み、人間と自然を繋いできた歴史を知る内湖である。特に自然の循環装置でもある葦の群落が残されている貴重な場所であり生物多様生の宝庫でもある。この恵まれた水郷景観を未来へ担保していくためには、単に保全するだけではなく、むしろ、人々が親しめ目が行き届く場所へと積極的な仕掛けを考えたい。西の湖と人と自然とのこれからの新しい関係性を築ける、保全と活用の統合化が必要である。その視点から、西の湖の魅力を探るアンケート調査や、実験的なよし灯り展、松明まつりなどのインスタレーションの制作、市民の声を集めるワークショップ等の研究を行ってきた。

幸い、地域の産官民の協力を得ながら研究を実施でき、西の湖を積極的に活かす機運を高めることができた。今後、本研究で得られた成果や知見を、地域の事業によって結実させるべく尽力したいと考えている。具体的には、西の湖沿岸にあるびわ湖よし笛ロードを「近江回遊路」として活かした魅力的な水際空間や観光資産を楽しめるスポットの整備など、レクリエーション性を高める工夫で、地域内外の人々に開かれた賑わいある場づくりを実現したい。

今は、その成果を地域創生の事業の一環として市の「観光ふるさとづくり部会」に移行し、各部会が集まった市民会議の中でさらに実践的な度合いを高めている。研究を研究だけに終わらせるのではなく、形や仕組みにして行かなければ面白くない。その結果、高度で豊かで生き生きとした生活ができるかが課題である。我々の様々な研究の成果を滋賀の地域社会にどう還元し、貢献して行けるかという意識だけは持ち続けたい。県大の期待されている役割のひとつでもある。

滋賀県立大学 環境科学部 環境建築デザイン学科 教授
松岡 拓公雄

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 14(2015年7月号)

「変化に富む」地域を生かして

今年度から地域共生センターの兼務教員となり,まだどのように貢献できるのか右も左もわからない状態であるが,今後どのように「地域共生」というテーマに向き合ってゆけば良いのか私なりに考えてみた。「地域共生」というと多分野を含む非常に大きなテーマなので,まずは身近な所で感じる滋賀や彦根の魅力について考えてみた。

普段近くを歩いたり,車や電車で移動したりする際に感じるのは「変化に富む」自然である。今更言うまでもないが彦根は琵琶湖に隣し,西に比良山系,南から東にかけて鈴鹿山脈が望め、北を見れば日本百名山に数えられる伊吹山もあり,風光明媚な土地である。自然ではないが歴史的にも国宝彦根城等の歴史的な建造物がある。また,琵琶湖一つ見ても,時間帯・季節によって,時には凪で湖面に多景島だけが浮かぶ幻想的な光景もあれば,時には日本海のように荒々しく波風が襲い掛かかってくるような光景もみられる。滋賀県全体をみても北部と南部では気候・風景・生活スタイルが大きく異なり「変化に富む」地域である。彦根ないし滋賀の文化や産業,生活は,このような「変化に富む」環境を背景に生まれ,今日の人々の生活スタイルを作り上げてきている。従って,我々の「地域共生」の重要な役割の一つとして,これらの豊かな自然,文化,産業をしっかりと維持し,次世代に継承していくことが挙げられるであろう。

ところで,私の専門は「流体工学」と呼ばれる,機械の中でも水や空気などの所謂「流体」を取り扱う分野で,普段から水や空気の流れを観察することが良くあるが,ある所に「変化に富む」流れが起こると,そこに何かがおこりそうな予感がし,ついつい惹きつけられることが多い。例えば,何の変化もない一様な流れの中で,棒を一本立て,棒の周りの速度を「変化」させてやると,棒の後ろには「カルマン渦列」と呼ばれる美しい渦模様が出来上がる。一方で,この渦模様はうまく条件を合わせてやらないと形成されなかったり,あるいは,形が崩れたりする。強引ではあるがこのことを「地域共生」と重ねてみると,彦根や滋賀県のように「変化に富む」地域では,何かを引き起こす大きなポテンシャルを常に有しており,我々人間が活動を通じてそのポテンシャルを上手く引き出せば,人・環境・産業・文化が融合した,未来に続く新しく,美しい模様を産み出せるのではないかと感じる。ただ,どのような模様が出来上がるかは我々の活動次第であり,地域共生のために様々な視点に立って日々努力し,未来に滋賀ならではの模様を創り上げていくことが,我々に与えられたもう一つの重要な役割でないかと思う。

微力ではあるか,少しでも地域に貢献できるよう努力していきたい。

滋賀県立大学 工学部 機械システム工学科 准教授
安田 孝宏

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 13(2015年6月号)

地域課題研究における情報処理技術(GIS)の有効性

私は農地整備や灌漑排水技術を取り扱う農業土木学出身であり、特に土壌中の水や養分などの物質の移動に関する研究をしてきた。また、そこから派生して乾燥地における灌漑技術や塩類集積土壌の改善技術開発に携わってきたが、これまでローカルな視点で地域に関わる研究を深めることはあまり無かった。

一方、根っからの新し物好きもあり、本学に赴任してからコンピュータを駆使する学問であるGIS(地理情報システム)に足を踏み入れることになった。現在はインターネットの発達に伴ってこの技術はいわゆる地図サイトで普遍的に用いられているが、その当時は地図データや現地調査データ、農業統計などを頑張って入手し、専用のソフトを使って農業生産性と水資源、地形条件などの相関関係を表示・解析していた。

さて、環境科学部では1~3回生対象に環境フィールドワークという目玉授業(実習)がある。そこでは複数学科の教員同士でグループを組んで学生に野外で様々なフィールドワークを提供しており、新入生の中にはこの実習が面白そうで入学したというものもいる。その中で私は「琵琶湖集水域の生態環境」という2回生対象のグループに所属するが、その実態は大学周辺の水路網における魚類を中心とした水生生物の調査であり、私がこれまで歩んだ研究履歴とおよそかけ離れたものであった。果たして私がこのグループでお手伝いできる場があるかと思案していたが、結局GISソフトを用いて学生自らが大学周辺での調査結果を地図上に表示・解析させる手助けをすることとなった。その結果、魚類の地域分布や共生関係、水質や流速などの水環境も含めた因果関係が可視化されて分かりやすくなり、教員が指示しなくても学生自らテーマを設定し調査・分析を積極的に進めてくれるようになった。このGIS技術は常に進化しており、現在では現地で直接調査結果をスマートフォンに入力し、我々教員は複数の班の動向や調査結果を直接スマートフォンやパソコンで把握し、適宜携帯電話にて連絡できる状況である。私は、この実習に携わることで、改めて地域研究における情報処理技術の有効性を再認識した。

地域課題を解決する上で大学が持つ様々なリソースはどれも有用である。また、本学のような規模の大学こそ地域と関わることが求められる。この中で地図上に様々な情報をクロスオーバー且つリアルタイムで表示・分析できるGISは地域研究にとってとても強力な武器である。そのシステムを自由に使いこなせる本学の研究環境は近江地域の発展に大きく寄与する可能性がある。
皆様にも近江地域学会の拠点である滋賀県立大学が持つリソースを積極的に活用して頂けるよう、地域共生センター兼務教員として尽力する所存である。

滋賀県立大学 環境科学部 生物資源管理学科 准教授
岩間 憲治

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 12(2015年5月号)

東日本大震災による福島原発事故以降,とりわけ電力に関わるエネルギーの安全性の確保(S),エネルギーの安定供給(E),経済性(E),環境適合性(E),これらS+3Eの適切なバランスが必要とされてきています.日本経済団体連合会が,今年4月6日に「新たなエネルギーミックスの策定に向けて」として,政府によって6月までに策定されるエネルギーミックスに対する提言をとりまとめています.

その中で,「電力料金について,製造業の7割以上が震災前あるいは震災前よりも低い水準が負担可能限度であり,負担可能限度を超えた場合6割近くが国内設備投資を減少させ,5割が雇用を減少させる」と述べ,「S+3Eの観点から,2030年における電源構成は,再生可能エネルギー15%程度,原子力25%超,火力60%程度とすることが妥当である」と提言しています.再生可能エネルギーには,水力が10%ほど含まれており,2013年度における発電電力に占める再生可能エネルギー比率はすでに10.7%で,そのうち8.5%が水力となっいます.つまり,水力を除いた再生可能エネルギーによる発電比率は,ドイツの19%やスペインの23%に比べて圧倒的に低いと言えます.

この経団連の提言をそのまま政府が受ければ,原子力発電比率が高くなることは間違いありません.一方で,提言には,地域活性化や地域の安心・安全確保にも資する小規模木質バイオマス発電や小水力発電等を有効活用し,エネルギーの地産地消を推進すべきであることも述べられています.しかしながら,木質バイオマス発電においては,新設の木質発電所の稼働に伴って2017・18年頃から国内の未利用材の供給不足に陥るとされています.これを解決するために,未利用材以外の材,輸入チップ・パームヤシ殻など輸入資源を利用することになり,エネルギー地産地消ではなくなります.さらに,木質バイオマスのカスケード利用の仕組みが崩れることにつながりかねません.

とくに,風力,バイオマスや小水力を資源とする再生可能エネルギー利用においては,資源の賦存量に見合った「適材適所発電」や「必要な分だけ発電利用」を行うことが重要で,それが再生可能エネルギー本来のあり方と私は思います.

滋賀県立大学 工学部 機械システム工学科 教授
山根 浩二

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 11(2015年4月号)

滋賀県立大学に着任当初、特徴的な古民家が大学の近辺に数多く点在していることに驚いた。そこで、承諾の得られた民家を実測し、市史や町なみ調査報告書、文化的景観の調査報告書などで報告してきた。ところが、こうした民家の中には文化財の指定や、重要伝統的建造物群保存地区、重要文化的景観の選定を待たずに解体されるものが出てきた。このままでは私の仕事は古民家の死亡診断書を書くことになってしまうという危機感から、民家の保存にかかわるようになった。建物や集落の調査でかかわった彦根市男鬼の茅葺き民家や、多賀町一圓の庄屋屋敷、足軽組屋敷の中にある辻番所などの保存・活用を進めてきた。

しかし、近年、湖北で伝統的な民家の保存・活用にかかわる中で、状況が急速に悪化してきたと感じている。滋賀県の空き家率は11.6%と、全国平均の13.5%より低く、全国では9番目に低いものの、少子・高齢化、過疎化の波が湖北・湖東・湖西では致命的な影響を及ぼし始めている。10年くらい前から、田舎暮らしに魅力を感じ、2地域居住を試みる人や移住者に活用してもらえないかと、伝統的な古民家で空き家になっているものを調査し、所有者の同意を得て情報の公開を試みてきた。その調査の過程で空き家が古民家に限らず、場合によっては築10数年という空き家も存在し、空き家が建物の新旧を問わず発生していることが判明した。古民家の空き家の活用ばかり考えていても、空き家が増加していけば集落機能の低下を招き、古民家が立地する集落の限界が先に訪れかねない状況となっていた。空き家の中には倒壊の危険をはらむいわゆる特定空き家も散見される。
こうした状況を防ぐため、米原市で空き家の発生を減らすことに主眼を置いた空き家条例の策定などに協力してきたが、決定的な解決策は見いだせていない。

昨年、湖北の中山間地域の11集落を対象に空き家の調査を実施したところ、最も空き家の多かったS集落の空き家率は47%と驚異的な数字を示していた。59戸の集落の28戸が空き家であり、深刻な状況であった。しかし、深刻さはまだ住民が居住している31戸も大差が無かった。31戸のうち、80代以上のみの世帯が9戸、70代のみが11戸、60代のみが6戸で、60未満のいる家はわずかに5戸であった。住民の間にはあきらめが漂う。

しかし、S集落には余呉型民家と呼ばれる湖北独特の伝統的な家屋が数多く残っている。59戸のうち44戸が余呉型民家である。余呉型民家は十字梁の架けられた大きな内部空間と、茅葺き屋根を特徴とする民家である。さすがに茅葺き屋根は維持管理が困難となり、トタンで覆われているものの、重要伝統的建造物群保存地区に選定された京都府美山町の茅葺き集落と比較しても全く遜色のない山村景観を保持している。こうした湖北独特の集落の特徴を活かした空き家の活用、集落の再生の可能性はまだまだあると考えている。

日本全体を覆う人口減少の流れの中で、スマート・シュリンクと言うことが盛んに言われている。高度経済成長期以降、場当たり的な開発をおこない様々な弊害を生み出してきた我々が、場当たり的なスマート・シュリンクをおこなえば集落を取り巻く環境や景観がいっそう悪化するのは目に見えている。しかし、集落とそれを構成する建物を現状のまま維持していくことが困難であることが明白な今、構成する建物や集落を精査し、使いたくない言葉であり、やりたいことではないトリアージュのような作業をおこない、50年後、100年後を視野に入れた集落のスマート・シュリンクの長期的な展望を作成する必要を感じている。

今年度から地域連携担当の理事を拝命し、より広い地域との連携や、古民家や集落景観に限らず様々な分野での連携が求められるようになりました。
皆様の積極的な関与・ご協力をお願いいたします。

滋賀県立大学 地域共生センター長
濱崎 一志

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 10(2015年3月号)

キャンパスは地元。テキストは地域人。

日が経つのは本当に早い。いつの間にか、人生の半分をこの彦根の地で過ごしてきたことに気づいた。たまに岡山弁が混ざることはあるが、口を開けばすっかり彦根のおばちゃん。そんな私が、滋賀県立大学人間看護学部開設当初から12年間、どのように地元彦根をキャンパスとしてきたのか、また、どのように彦根の人々の中に入り込み、テキストにしてきたのか、そして、そこから何が生み出されるのか・・・。一歩立ち止まって考えてみたい。

私は、人間看護学部で基礎看護学を担当している。基礎ということで、看護の基礎となるコミュニケーションの基礎や、看護技術の基礎を主に教育している。学部開設当初、1回生の対人関係看護論実習のフィールドをどこにするのか検討された。看護の対象は、病気を持つ患者さんだけではなく、すべての人々である。このことを、入学して間もない学生たちに体感させるべく、実習フィールドは、従来型の病院に限定せず、地域のあらゆる場、さまざまな人々とした。例えば、地元彦根の老人会に所属しているAさんは戦争中の貧しかった時のエピソードを学生たちに熱く語って下さった。民生委員のBさんは地域に入っていくことの難しさを教えて下さった。赤ちゃん連れのCさんはママ友を求めていることがわかった・・。このようなさまざまな地域人とのお話から、学生たちはコミュニケーションを学び看護を考える糸口を見出している。
この対人関係看護論実習が、私と地域とをつなげてくれた原点と考えている。この人たちとの出会いと場が、今も未来看護塾の主なフィールドとなっている。

そして、このような地域人との関わりの中で、地元彦根におけるさまざまな課題が見出される。少子高齢化によるコミュニティの不足、防災力強化の必要性などもその例である。これらの課題をCOC地域課題研究として取り上げ、未来看護塾の学生たち、そして、地元彦根の人たちと共に、解決に向けて取り組んでいるところである。

地元にある課題を見出し、地域人と共に課題を解決していくためには、まずはその場に足を踏み入れ、そこに住む人々の中に入り込み、関わらないと始まらない。そのためには、対人関係、人と人とのコミュニケーションを欠かすことはできない。4月から始まる地域共生論では、看護の基礎となるコミュニケーションについて、入学して間もない全学部の学生たちと共に学び合う予定である。

キャンパスは地元。テキストは地域人。滋賀県立大学が築き上げてきた地域共生という強みを、滋賀県立大学のすべての教職員と学生自らが体感できるよう・・。地域共生センター兼務教員として、これからも力を尽くしていきたい。

滋賀県立大学 人間看護学部 人間看護学科 教授
伊丹 君和

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 9(2015年2月号)

大学と地域

地域貢献という言葉が嫌いだ。なにか「してやっている」という感じがする。「本当に役に立っているのか」と問いたくもなる。近年、「貢献」にかわって、「協働」や「共生」という言葉が使われるようになってきた。
よいことだと思う。

私は本学に赴任するまで19年間、大阪で地方公務員をしていた。文化財保護や博物館の現場で働いていたのだが、よく大学の先生や学生が調査にきた。その時には地域のことは大学の先生よりも自分たちのほうがはるかによく理解している、と思っていた。今もやはりそう思っている。大学に来るまでは、大学の教員はずっと研究もできてうらやましいと思っていたが、実際赴任すると授業の準備や学生の指導、校務などがたくさんあって、なかなかフィールドに出る時間がない。もちろん地域文化学科の教員だし、民俗学や博物館学が専門だから地域でフィールドワークをしないといけない。これは私にとって研究面でも教育面でも必要不可欠なことである。しかしながらかつて地方公務員であった時代のようにべったり地域に浸りこむことはできない。またいくつもの地域にかかわる必要もあって、特定の地域だけを対象化することも難しい。さらにその地域で調査や研究を進めても、なかなかそれが地域社会に実際的に役に立つというわけでもない。
区有古文書を集落の皆さんとともに読む講座をしたり、集落博物館を整備したりする事業をいくつか続けているが、それが地域にとってどのように役に立っているのかと問われると沈黙せざるをえないのである。

このように地域との関係を問い返しながら、私の大学での生活も9年目を終えようとしている。もちろん答えが出ているわけではないが、その過程のなかで私は大学と地域との関係性をある種の互酬関係から協働関係へととらえ直しつつある。フィールドワークの調査や研究、あるいは教育においては、地域の方々にいろいろとお世話になる。他の領域のことはよく知らないので、自分の専門の分野に限定していうと、これまではその成果を報告書や報告会の形で地元の方にお知らせすることを「還元」と呼び、それをもって地元への免罪符としてきた面がある。もちろんそれは最低限必要なことではあるが、それだけでは不十分であろう。これからは成果だけを地域に「還元」するのではなく、調査や研究の段階で、地域の人々と協働し作業をすすめていくことが必要なのではないだろうか。それが大学の研究や教育にとっても、また地域社会にとっても有益なことだと考える。
なんといってもその地域のことは、その地域の人が一番よく知っているのだから、謙虚な態度でそれに学ぶしか方法はないのである。そのなかで地域社会の具体的な問題点を知ることもできる。

地域との協働や共生は、言葉でいうほどたやすいことではないが、その具体的な方法をこれからも模索してきたい。

滋賀県立大学 人間文化学部 地域文化学科 教授
市川 秀之

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 8(2015年1月号)

どこにでも生じる局所的な場としての「地域」

私は大学の工学部に所属しており、化学の視点からの材料開発を行ってきた。特に、分子サイズの「局所的な場」を設計し、作り上げ、使うことに興味がある。一方、これまで地域に関わる教育関連の活動として、いわゆる高大連携、各種の啓蒙活動などを実施する機会があった。これらの活動は、大学とその周囲の「場」すなわち「地域」との連携活動として代表的な例と言える。

一年ほどまえから、私は本学地域共生センターの兼務教員を勤めることになり、「地域共生」「地域志向」についてしばしば考えることになった。そのなかでも、工学部の学生・教員・出身者にとっての「地域」とは何か、という疑問にはなかなか納得できる答えがでない。
本学の工学部は「(県外におよぶ広い領域ではあるが)地元」の企業と強いつながりがあり、一教員として、企業と大学間の距離の近さ、話しやすさを感じることが多い。いくらか個人的な感覚としては、これらの企業と大学の間にある種の仲間意識に近い雰囲気も形成されているように感じる。このような関係は広い意味での「地域との連携」と呼んでよいと思われるが、その一方でこの表現にいくらか違和感を感じることもある。なぜならば、このような連携の本質は、互いを隔てる距離や立地に強く影響されないためである。この視点に立ってしまうと「地域」の領域を設定する境界線はあいまいになる。

「地域」に関連する言葉を思いつくままに考えているうち、「ローカル」という響きがトリガーになってひとつの絵が浮かんだ。「ローカル」からすぐに連想したのは、使い慣れた用語である「局所的な場」であった。なるほど、仕事をするため、社会への貢献のため、あるいは生きて行くための「局所的な場」を「地域」と定義することにはさしたる違和感はない。
なんとなく腑に落ちた。

工学部の学生・教員・出身者にとっての「地域」の答えはきっとこのあたりにあるのだろう、と思っている。

「地域」を志向する教育で育まれた力は、人が活動するすべての「局所的な場」においておおいに役立つであろうし、ひるがえって「仲間」や「地元」の発展にも発揮されることだろう。この観点から、本学で実施され、今後さらに発展する地域志向型の教育プログラムには大きな期待を寄せている。

滋賀県立大学 工学部 材料科学科 准教授
秋山 毅

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 7(2014年12月号)

多様な人材を地域に

私の専門は,建築構造学という一般の方には敬遠されがちな工学の分野である.滋賀県立大学に赴任する8年前まで,前任の大学では地域に関わる研究はほとんどすることがなく,木造建物の構造調査や実験,地震防災に関するフィールドワークをすることもあったが,地域研究については素人同然であった.

滋賀県立大学に赴任して間もなく,彦根市内の古民家の改修に参加する機会があり,そこから木造建物に関する研究を本格的に始めることになった.同じ時期に,本学の近江環人地域再生学座や,環境科学部の専門科目「木匠塾」も担当することとなった.地域志向の時代の流れか,あるいは滋賀県立大学の教育・研究の特徴か,次第に教育や研究で地域に関わる機会が増えていった.今では,本学の地域共生センターの教員も兼務することになり,8年前の自分の専門性からは想像できないほどの変化である.「地域コミュニティ」や「地域再生」「地域共生」をキーワードとした地域研究については相変わらず門外漢であるが,それでも建築構造に関する知識や工学的な考え方が地域に必要とされ,地域からの依頼を受けることもしばしばある.私のような工学の専門家を含め,地域共生・地域再生のためには様々な専門の多様な人材が求められているのだと感じる.

本学で平成27年度から開講される「地域共生論」は全学必修科目である.
すなわち,全学生がこの授業を受ける.多様な人材(学生)を地域に送り出すための,本学の地域貢献策の1つである.

滋賀県立大学 境科学部 環境建築デザイン学科 教授
高田豊文

↑TOPへ戻る

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 6(2014年11月号)

目を閉じること

最近気になっているモノに、アクションカメラやドローンと呼ばれる飛行カメラがある。デジタルカメラの性能が高度化し、またFacebookなどSNS等での写真披露が当たり前になると、ちょっと変わった視点からの画像が欲しくなるのである。サイクリングでも、地を這うような撮影や空中からの動画があたり前になってきている。そして、私たちはその迫力ある動画をパソコン画面で見て、おぉーと惹かれるわけである。
さて、地域に入り込んでいるときに、やや事後のことを考えすぎていないだろうか。「あ、この角度はFacebookでうけるだろうな」とか、「こんな写真を見せびらかしたいな」とか。。。自分も含めて、しっかりと地域の対象に向き合っている時を過ごしているだろうか。私が写し巡礼地やマチュピチュを調査していた10数年前には、調査中にそんなことを考えることはなかった。写真はあくまでも記録であり、誰かに披露するといったことが頭をよぎることは皆無であった。ただそこに石仏と私がいるだけだった。インカ道から落ちるかどうか、はらはらしながら石壁をよじ登っていただけだった。視角偏重が過ぎてくると、聴覚や嗅覚、触覚はおざなりにされそうである。強烈な画像は後日風景を再現してくれるが、同時にその地域の音、匂い、肌触りを思い出せているだろうか。強烈な音、強烈な匂い、強烈な肌触り?って、記録伝達のしようがないので、それこそ体験しなければ伝えることができない。
私にとっては、夜の熊野古道五感マップ、ダイアログインザダーク(DID)体験、まっくらカフェ体験といった、視角を閉じて得た体験は忘れがたいものである。見えない中で踏みしめた土の感覚や肌触りは、今でも身体が覚えてくれている。カメラをかまえることも大事かもしれないが、目を閉じて、そして聞き、嗅ぎ、触ってみることも地域との関係づくりには大事なことなのではないだろうか。気に入った地域は、きっと目を閉じても素晴らしい。

滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 教授
近藤隆二郎

↑TOPへ戻る

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 5(2014年10月号)

ありふれた日常の贅沢

最近、日本中で雨後の筍のように盛んに生まれている地域活動。それらは何を目指しているのだろう。地域ブランド、産学連携、まちづくり、ワークショップ、セミナー、伝統産業市場開発など、日本中が忙しい。47都道府県、1742市町村がまるで競い合っているかのようだ。しかしそれらの足並みは実はみな同じだ。観光誘致、6次産業、コミュニティデザイン、高齢者問題、景観形成、移住定住促進などの言葉をタグ付けすればほとんどの活動を網羅できる。活性化や再生という言葉は活動の目標として耳に心地よい。問題探しに明け暮れ、これから縮小していく人口、市場をお互いに奪い合う。奪われた側が存在することを想像していない。

日本の地域には必然としての祭事がしっかりと引き継がれている。これらも地域活動だ。季節を感じるイベントこそが日常の営みを支えてきた。先人たちへの畏敬、冠婚葬祭、自然の恵みと健康への感謝、風景を愛でる眼差し、自然との闘い、未来への貢献。これが月並みな地域活動だと思う人はいない。地域の魅力的な資源とは月並みな生活のなかに隠れている。

近江の人々は琵琶湖を中心に暮らしている。そこにはありふれた日常を輝きに変える風景がちりばめられている。そして近江の人々は、それらの風景を独り占めできる日常を送っている。なんとも贅沢な日常だ。誰にも邪魔されない月並みな生活こそ贅沢であることを感じることができるはずだ。

イベントだらけの外来者に溢れた騒がしい地域に、私は住みたくない。日々の労働を癒す休息、交流のハレの時間、自然環境への畏敬のリズム、それらが次第に壊されている。時間を大切にできる生活ができない地域や、テーマパーク型活動に明け暮れる地域に魅力は感じない。風景を守る地域、先人たちの遺構や伝統文化を守る地域、自然の恵みを守る地域、産業活動を守る地域、各々の地域の特性をシェアし、それぞれの日常の魅力をお裾分けしていくような関係づくりが本当の地域活動と言えるのではないだろうか。

滋賀県立大学 人間文化学部 生活デザイン学科 教授
近江楽座・座長
印南比呂志

↑TOPへ戻る

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 4(2014年9月号)

おおきな詩にかかわる

近江盆地は中心に琵琶湖を抱え、周囲を山が取り囲み、山と琵琶湖の間に平野が散在する同心円構造を持っている。また大小河川がこの山-平野-湖を結びつつ互いにそれぞれの流域を形成している。山-平野-湖と言えば自然地理学的な単位であるが、この地域にはすでに縄文以前から現代に至るまで一貫して人々が住み継いできた。そして固有の自然生態と人間との長年月にわたる関わりや人と人との交流・葛藤の歴史の中で、それぞれの場所には限りある資源を巧みに持続的に活かし守りながらそこに住み続けるための高度な生活技術・豊かな地域文化と練り上げられたコミュニティが形成され、今日まで伝えられてきた。山-平野-湖の自然地理学的構造について、そこに人と自然の関係や人々の営みを織り込んで生活環境史的にそれぞれ「里山」「人里」「里湖」と言い換えるなら、近江・滋賀においては、近江盆地という空間構造のなかで「里山」「人里」「里湖」の暮
らしと文化がそれぞれ固有に育まれ、かつ互いに密接に連環しつつ展開してきたのである。

あるいはまた、近江滋賀は歴史的にも惣村といわれる自治を旨とする村落共同体がいち早く成立した土地であり、一人ひとりの住民がそうした共同体とつよく結び付けられていたし住民同士も互いにつよく結ばれていた。人と共同体との結びつきを「人と自然(からだ)」、「人と人(こころ)」、「人と歴史(たましい)」のそれぞれにおいて眺めてみても、かつて人々はその住む土地の自然とも、人とも、歴史ともつよい結びつきを感じながら生きていた。人々が自身の住む場所を「在所」と呼ぶのはこうした土地と人との「からだ」「こころ」「たましい」にわたるつよい結びつきが根拠になっていたのである。

しかもこの地域は列島のほぼ中央部に立地し琵琶湖を含め主要な幹線が束になって通っていることから日本の東西を結ぶ交通の要衝であり結節点である。またさかのぼれば古代海域アジアの基層文化(例えばふなずし)と大陸アジアの先端文明につながるグローバルな文化文明の回廊、人・物・技術・情報のチャンネルの一部を為しており、わが国の歴史・文化の形成や展開を考える上でも重要かつ特異な位置を占めている。

以上を踏まえて里山-人里-里湖とローカルに連環する横軸を近江・滋賀の「文化・生命軸」と呼び、京阪神からアジアにまでグローバルにつながる縦軸を「文明・経済軸」と呼ぶならば、近江・滋賀の個性はローカルな地域の生活文化(それは持続と蓄積を旨とする)とグローバルな経済文明(絶えざる変革と流離を旨する)の二軸が交わるところに醸成されてきたのである。
近江・滋賀の風土、歴史、暮らし、文化は、人と自然、生命と経済、ローカルとグローバル、フローとストックの絶妙の混淆の上に育まれ、そうした事情を端的に言えば「不易流行」を本質とするということができるだろうか。

なにはともあれ、こうしたドラマが一盆地の中に多種多様多次元的に絡み合いながら、ぎゅーっと凝縮された形で展開することから、近江・滋賀はしばしば「小宇宙」にも喩えられるのである。このようにドラマチックな、神話的な近江滋賀の人と暮らし、歴史や文化にかかわりあうということは、ようするに、「おおきな詩」にかかわりあうことに等しいのである。

滋賀県立大学 地域共生センター 助教 上田洋平

↑TOPへ戻る

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 3(2014年8月号)

地域コミュニティで培われるモノづくりの道徳観

劇的ともいえる今日の3Dプリンターの普及は、これまでの工業製品の生産プロセス、デザイン検討の慣習を大幅に変える革命をもたらしています。その一方で、今年に入り、3 Dプリンターを悪用した模造拳銃を製造したとして、逮捕者も出るような事態も生じています。世の中に便利なものが普及し始めると、悲しいかな、それに伴った弊害も発生します。
こうした負の部分を克服し、良識を持った地域住民たちで、モノづくりのすばらしさ、楽しさを共有するような場を、地域の核にしようとする動きが見られつつあります。その一例が「FabLab(ファブラボ)」と呼ばれる地域コミュニティ創発のモノづくり活動です。この取組みで日本の第一人者である田中浩也氏によると、FabLabは、少なくとも世界20カ国以上で実践され、50ヶ所以上が存在(2011年4月時点)しているそうです。また同氏は、このFabLabの大きな特徴として、3Dプリンター、レーザーカッター、ペーパーカッターなどの工作機械を常備するため、「(ほぼ)あらゆるものをつくる」ことができる能力をもち、そうした機会が、「モノづくりの総合性」を一個人が再獲得できる活動だと解説しています。
一連の動きをデザイン史の中で考えてみると、産業革命後、あらゆる工業製品がイギリス国内で溢れていた時代に、手工芸の良さを見直そうとした、ウイリアム・モリスらの「アーツ・アンド・クラフツ運動」にも通じるところがあります。
というのも、FabLabの趣旨は、大量生産・規模の経済や市場原理による制約を受け、専門分化されたモノづくりを、もう一度見つめなおし、ローカリズム(地域主義)の観点から再統合することを意図しているからです。

大量生産されつづける工業製品に慣れすぎた我々にとって、モノづくりの原点を見つめ、地域コミュニティの中でその道徳観を育もうとするFabLabの活動は、びわ湖ナレッジ・コモンズにも通じるような未来志向な取組みといえるのではないでしょうか。

参照文献:
田中浩也(2011):(第16回)(ほぼ)あらゆるものをつくる:技術と社会を
結ぶ,ファブラボの挑戦(メディアアート紀行), 映像情報メディア学会誌:
映像情報メディア 65(7), 940-945.
http://ci.nii.ac.jp/els/110009669106.pdf?id=ART0010148548&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1405057662&cp=

滋賀県立大学 地域共生センター 准教授 萩原和

↑TOPへ戻る

「近江地域学会」メールマガジン Vol. 2(2014年7月号)

集落・地域イノベーションの推進を

滋賀県には3000を超える自治会(集落)が存在しています。私が住まわせていただいている彦根市の下石寺集落もそうですが、歴史と伝統、生活文化をもった集落がほとんどです。
そうした歴史と伝統、生活文化を有した集落の未来は消して明るくありません。少子高齢化やTPPはあと数年で本格的なダメージをもたらします。なによりも人口減少、都市集中が進み、多くの地域で人がいなくなります。この状況を打破するためには、集落イノベーション・地域イノベーションが必要です。米原市大野木のお話をうかがいましたが、自分たちでやれることをどんどんやることで新たな活力や次世代とのつながりが育まれます。
先日は、東近江市地域活動支援補助金の審査委員をしましたが、市民発ならではの取り組みが生まれつつあるのを実感しました。
とにかく「やってみなはれ」の精神での実践「体験」が大切です。実践して、考えて、改善して、実践する。現場の活力と魅力はここから生まれます。
近江地域学会は、そうした集落・地域イノベーションを推進する原動力となる場と考えています。

滋賀県立大学 全学共通教育推進機構/地域共生センター 准教授 鵜飼修

↑TOPへ戻る

■「近江地域学会」メールマガジン Vol. 1(2014年6月号)

「近江地域学会」の設立によせて

「近江地域学会」は、平成25年度文部科学省「地(知)の拠点整備事業」に採択された、滋賀県立大学のプログラム「びわ湖ナレッジ・コモンズ-地と知の共育・共創自立圏の形成」の一環として設立されました。本学会は、滋賀県内で地域課題の解決に取り組まれている市民、事業者、行政、研究者、教育者、学生の皆さんが会員となって、取り組みを通して得た知識や経験あるいは成果などを発表し、情報交換し、交流する場です。このような学会活動を通して、近江地域の振興と未来の創造に寄与することを目的としています。
地域課題に取り組まれている多くの皆さんの積極的な参加をお待ちしています。

近江地域学会長 大田啓一

――――――――――――――――――――――――――――――――

近江の中心は琵琶湖

近江の中心は琵琶湖です。しかし、琵琶湖には人が住んでいません。琵琶湖の周りには、街道沿いの宿場町が散らばって発達し、また商人の町、城下町がそれぞれ発達しました。個性ある地域が琵琶湖を取り囲むようにして、それぞれ独自の文化を育んできました。他方、日本のたいていの地域では、大都市に人口と産業が集中し、地方が衰退しているのが現状です。近江は琵琶湖があるおかげで、中心都市がなく、それぞれの地域の個性が生き残ってきたのではないでしょうか。
私は大阪生まれで、大阪市以外はどこも寝るだけの町になっていく時代に大阪で育ちました。滋賀で働くようになり、滋賀が個性ある町がいくつもあることに驚かされました。滋賀の個性を伸ばしていくことが、滋賀の魅力ある発展につながり、日本の各地で展開している地域づくりのモデルになり、ひいては世界の発展のモデルになると、それ以来ずー
っと思ってきました。ここで言う滋賀のモデル、近江のモデルは金太郎飴のようなモデルではなく、個性ある地域を出現させるプロセスがモデルになることは言うまでもありません。
近江地域学会を通じて、魅力的で個性ある地域づくりとそれに向けての創造的でイノベーティブな経験が交流できるのを楽しみにしています。

滋賀県立大学 地域共生センター 仁連孝昭